August,2022
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正しさと誤りの間をぐるぐる回れ
つい、
いつもカラダのことについて
説明していると
どうしても話の尺が長くなってしまって、
口を動かしながら、“よく喋るな、、“と自分でも思う。
なるべく簡潔に、そしてわかりやすくを意識して話すのですが
何より、なかった感覚を自覚していただく感じなので
どうしても相手の“あぁなるほど“と腑に落ちていただき
それと同時に、その伱間を空けていただかないと
意味がないもので
「開けゴマ!」 と言うとパカーとドアが開くなんてことはなく
『これこれただいま私が思うに、こういう現状で、それはこう言う過程で原因が考えられ
まして、そのために最終ゴールに向かうための、、今はまずこのドアを開いていただい
て、その後中に入った場合こういう段取りで進めていくんですけれど、、うんぬん、、(こ
れでも略)という次第ですが開けそうですか?
あ、その部分に関しては、こういう角度の考え方だとこうなっていきますが、Aの方がわ
かりやすい?例えば、、』みたいな感じで(長い)
その方のわかりやすさを探るのに、いろんな引き出しを開けてみるわけであります。
いろんな方向で刺さって、どれかひとつでも相手の“理解!“があれば万々歳なのです。
言語学者の金田一秀穂さんのコラムを読んで、今回はこの内容にしようと思いました。
「正しさと誤りの間を、ぐるぐると回れ」以下一部抜粋
「イーロン・マスクにしろ、今の大学生にしろさ。プレゼンとなると、みんな結論から先
に言って、3つに分けて端的に論理的に説明する。何が言いたいか、とってもわかりやす
いですよ。けれど僕が知りたいのはわかりやすい結論じゃない。その結論に至るまでの“思
考のプロセス“なんですよ」
「だから多少わかりにくくても、ダラダラとぐるぐると「わたしはこんな経緯で、こんな
風に考えて、またこうかもしれないと思いもして、いろいろあって、だから、こうなりま
した」と逡巡する。最後にようやく結論にたどり着く。
「だってね、人はことばで考えるんです。ことばにならない得体の知れないものを頭でこ
ねくり回すわけではない。つまり書くこと、ことばにすることこそが、考えることにな
る。ことばはコミュニケーションの道具だと言ったけど、考えるための道具でもあるから
ね」
-XD MAGAZINE vol.05[誤る] 株式会社ブレイド出版 より
よくお客さまに「あなたに関係ない話をよくもまぁこんなに聞いてくれて、、」と恐縮を
したり、驚いておっしゃる方々がいますが
それは、きっとそのお話をしはじめ(か、もしくはその前から)から、
私にとっても“あなた“という存在は始まっているから、
“あなた“が自身の中から外に出した言葉は、
もうすでに“あなた“を構成しているカケラなのだろうから興味があるし、
知りたいと純粋に思うだけで、どこも必要でないところなどないと思うので、
そしてその“あなた“の言葉の一粒ひと粒が折り重なっていくのを
すこし後から追っかけている感じなだけなので、と心の中で思いながら
「いえいえいえ」などとよくわからない腑抜けた返しをしてしまいます。
金田一さんのおっしゃることが共感できるのはこの、ダラダラした“思考のプロセス“が私
のスタンダードだからであろうと思います。
そして
わたくしのスタンダードは基本この店の治療スタイルに直結していると思われます。
“思考のプロセス“はきっと、全てがおんなじ人っていないのでしょう。
一部が一緒でも、全てではない。
そういう意味では、オリジナリティそのものが感じられると思います。
カラダも個人差があるし、全く同じカラダはひとつもない。
だからこそ、自分のカラダや心を知って悩んで考え続けそれをことばにしていくことで
思考のプロセスを俯瞰的に実感できる、
治療で“開けゴマ“のような断捨離説明にならないのは
わたしは考える、あなたも考える、それをことばにしあう、そのスタンスが
無意識にすでに治療だからなのかもしれません。
金田一さんの言葉の中で、唯一わたしの考えと一致しなかったのが
「ことばにならない得体の知れないものを頭でこねくり回すわけではない。」というもので
わたしはことばにならない得体の知れないものも、
その存在がなんとなく認識できた時点でおそらくずっとこねくり回していくな、、とも
思っている。という今日この頃でありました。
Momoe Narazaki
:自分自身を表現する方法は百人百様。
あらゆる瞬間に溢れ出る意識していない動きも言葉も全て、大切なプロセスの一部。
