April,2022
治療において、
相互はするけれど
比例はなかなかすぐはしない
Q(治療していく上で)
ここに来た人が、どんなふうになっていくのがいいのだろう?
A (わたしサイド)
常にその問いのボールを自分に投げては、跳ね返って戻ってきて 確かめて
また投げては を 繰り返す
その行き来を
はたまたすこし遠くから眺めては、スローモーションで切り取り、
そのボール自体も少しずつカタチを作っていく作業を繰り返す
B(相手サイド)
その人自身の不調症状が減ったり、はたまた改善する中でもっと根っこに隠れていた症状が現れたり、急に良くなったと思えばすぐに戻ってしまったりを繰り返す
その行き来を
日常的に体感することで、自身のカラダを俯瞰する習慣がつき、
それぞれ途切れていたカラダ感覚と意識の回路がつながっていく過程
Aは、わたし個人の治療に対する意識をことばにしてみた。
正直、イメージをそのまま言語化しているので抽象的。
Bは、治療受ける人の治療過程をことばにしてみた。
こちらの方がまだ伝わりやすいかもしれないし、実際に治療の際に直接伝えていることば。
でもAとBは、同じプロセスで行われていて治療する上でとても相互する。
Aで治療して、Bで戻ってきて、またAで確かめてのキャッチボールになる。
鍼灸治療は、東洋医学に基づいて行われる治療法なのですが
東洋医学自体、まだあまり良く知らない、なんか怪しいという方もいらっしゃる。
「気」を扱うものは、術者の「感覚」在りきで話されることが多いのだけど
そういうことばにならないこと=「感覚」でごまかしたくない。
言葉やカラダの実感を得てその方の腑にちゃんと落ち着くために
ことばにならない感覚を、なるべくことばにしていきたいと、思うのです。
Momoe Narazaki
:公園という公共の場で、遊具や遊びを通して人々が(自分自身もしくは他者)が色々な形でコミュニケーションをとっている様子