January,2023
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強敵がいつの間にか、何か自分の心臓を手づかみで持っていて
いつでもお前を倒せるんだぜという描写があったりするけど、
やっぱり心臓とかだよね
このお前の心を、みたいに目に見えないものは掴まないのですよねと思う
今年のテーマは何にする? のようなことをお客様と話していて 自分は、なんだろうと考えた
ぽんと思いついたのは
矛盾 ということで、
昨年末から、 そういう物事や人の行動、考えについての無意識の矛盾について考えさせられることが多くあった気がする。
それは、矛盾がどうして発生するか、とかその矛盾点をどうするか、ということではなくて
無意識の矛盾というのは、自然発生的に出てくるものだと認識をあらためて知りたい というものです。 できれば、体感的に。
そういえば たまに、血肉にして という表現を会話の中で使ったりするけれど 血と肉、なのだからすごい言葉ですよね
水 とか 気とかだと、なんとなく薄そうだから、除外されたのかしら。 刻み込まれてる感ないもんね。
ところで
思い込みが強い ということも 見方を変えると、ラクなのではないかと思う。
選択肢の余地もなく自動的に選択できるのだから。
でもそれは自身で選択したわけではない、本当の意味で。 だから、結果的にはラクではない。
その、最初のラク と結果的な非ラク の間には オブラートみたいな膜が一層あって、
それが今年のテーマ;矛盾の キーワードにもなるような気がしている
そのオブラートの形態に入り込むことが、先ほど言った 体感する感覚に近い。
同じ言葉を言うにしても、
早口や甲高い声色や、ボソボソしたり息切れ気味に言ったり 全然違う印象に捉えられる。
それって、言葉、言語というある即物的な事実なのに 音や間合いや空気感、その話す人の状態が言葉にかぶさる、
くっついて出力することで 観念的な言葉になる。
そこには、相反する考えがセットになる。 磁石のN極とS極が一緒になっているみたいに。
薄くくっついていられる接着剤のようなオブラートが間にいるように感じる。
当たり前のことをあえて、
言語化して細かく割いて話をしているようにも感じるかもしれないけれど、
その作業で、一つ一つの事柄がもっと小さな一つが集まっていて
それがそれぞれ矛盾しているけれど全体的にはカタチになっていることにいちいち、感動してしまう。
そういうことってありませんか
矛盾していることが当たり前すぎるのだ、と頭ではなく、そのオブラートの中で感じたい。
オブラートが、食べ物であってもなくてもいいのだけど、
隔たりではなく、間に薄く挟まっていてどちらのものの色を吸収、反射できる その捉えづらい、
姿としては存在していないもの、ことの部分を即物的な事実として、存在を確認したい。
存在 として扱うには、認識して、言葉として表現し、言語化して伝わる伝え方をしなければいけない。
むずかしいでしょう、そしてたのしみ。←これは矛盾しないですね。
1→2するのは簡単、0→1を生み出すのはむずかしいというけれど、
そこではなく 0の中身はほんとに0なのか、もしくは→の中には何かがあるかもしれない、の話。
そろそろ、思考の昇降方式には飽きてきているのだと思う。
Momoe Narazaki
:まだ幼い自分の子供を眺めていると、自分がこの世に「生」を産み出したと同時に「死」を産み出したんだという矛盾にかられる。この肉体は毎日生きながら確実に死に向かっているという事実に、時々、言葉では表現できない感情でいっぱいになる。
