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April,2023

Chou Chia Yu
:She is sharing her favorite music with him.

4

UFOの入り口に吸い込まれる時に出る輪っかは、
ひかりよりも音で構成されているのかもしれないという、

施術をしている空間には、何かしらの音楽が流れていて
それがピアノだったり、ギターだったり、歌だったりするのだけど
多くのメロディの後ろに、自然音も一緒に流れていて
鳥の囀りや水の流れ、かえるやきつねの鳴き声や風の震え、雨音も一緒に録音されているものが多い。

だから、お客様がふいに
あれ、今雨降ってる?とか 鳥が近くにいるのかな と訊いてきたりする。
お客様の耳は、無意識にちゃんと曲の、人工的な音とその自然音を聴き分けていること
それは、そもそもその自然音が曲を構成しているとは思っていないということにあるのだとは思うけれど
それが、録音された曲の中の自然音なのか、今現在の空間の外で起きている自然音なのかを判断することは、施術を受けている比較的視覚を遮断している状態だからなおさら、難しいということなのだと思う。

どうしてそういう音楽にしているのかと訊かれたら、今どこにいるかわからなくなってくるという耳と感覚のズレがなんとなく体にとっていい気がする、としか言えない。
ただ、最近その理由らしきことを見つけた。
そういう音が、ときおり私たちの会話に入り込む瞬間がある。
BGMとしてではなく、会話のマイクを握る、というそのままの意味で。
話している最中、たまたま流れている曲だったり、その音のワンフレーズが返事を返して会話が進行する時がある。

なんだか変な話なのだけど、本当にあることで
それは自然音だったり、誰かの歌声だったり、楽器の音にしても、
相手が話したことに返答したように聴こえる、声のようなもので。
私はその時声を発していないのだけど、その曲の声が先に言葉を放ったように会話が続くのだ。相手もなんの違和感は感じずに。

その場にいる中で発言権を失ったわたしだけが、その続いている会話のテンポに一瞬気後れするけれど、それがその場に一番適切なぴたりとした心地よさを同時に感じる。

投げかけた言葉が、音楽の音で返ってくる、
それを言葉として声として、相手は受け取っている。
相手がどう聞こえたのかはわからない、けれど滞りなく成立している。

こうして文章にしてみると、不可解ではあるのだけど
実際にはっきりとその一刻が思い出せる。

いつもその時
呆然と、恍惚に
気後れした私が取り残された一瞬に
みんな溶けた と言葉だけがあたまに浮かぶ。
その場の境界線が溶けて曖昧になった時に
誰が とか 何が とかではない場になる。
声と、音の境目もなく。

共鳴という言葉は適切とは言えない。
それがどういう化学反応で起こるのか、ただの思い違いか杞憂かは
わからないけれど
音楽なのか、会話なのか、声なのか、音なのか
そういう隔たりさえぼやけて、思念の枠組みをはずされた感覚なのだが
残り香のような違和感がうっすら立ち昇っているだけで、仰々しく感じることはない。

お風呂の中で、お湯を押した方向に放たれると同時にその手の両側からまたお湯の波紋が返ってくるみたいに。
当たり前なのだけど、味わう体感が教えてくれることもあると
音楽によって知る。

そういう理由なのだと思う。わかりにくいかもしれないけれど。

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