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ひみ つ

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この本はかならず読むことは決まっているのだけど
(書店で一目見て)
もちろん買うのだけど(手にとって会計に持っていき)
でも、これは、相当のエネルギーを要しながら、腰を据えて読むのだから(今すぐ、は、読めぬ(読みたいという気持ちはあるが、今はまだその時ではない)

ということが度々、ある。美術手帖の2022.2月号「ケアの思想とアート」がそれなのであった。そんな気持ちで発売した2月に購入し、1度読み腰(読むのに腰を据えるという造語、いま作った)したのは5月くらい。3ヶ月も寝かせておった。

そして、読み終わったのだが、次は、読んだわたくしの中で、考えることを寝かせねばならないという工程。
コインランドリーで洗濯物を回しているぐるぐるをじっとなにもせず見つめるあの止まった時間と同じ感覚。

なぜこんなに周りくどい過程を説明するかというと、わたくしにとって
「ケア」「アート」というテーマは、答えのない入り口で、しかも「思想」という、果てしなく広がる様々な人々の考えの出口を、これまた結び目にして、その中を泳ぐかんじ、なのだ。
答えはない、ということは最初から決まっていることで、でもその中を泳ぎながら、自分で気になったり引っかかったことを言葉で体験する、それをそのままに寝かせておく。

この一冊で、より深い読み腰になったのは、医師の稲葉俊朗さん×キュレーターの田中みゆきさんによる”アートにみるケア、ケアにみる創造性”というテーマの対談。
その終わりの方のお話に、正直ちょっぴり泣いた。

稲葉 ケアの視点から考えると、作品はつくり手にとっても、客観的な視点と距離感を獲得するプロセスが重要だと思います。対話を通じて精神面のケアを行う「オープンダイアローグ」という手法の中に「リフレティング」というプロセスがあります。まずは当事者を含め、複数人で車座になり対話する。その後当事者がその輪から抜け、自分のことについて話されている場を、劇場のように客観視する。
人がフィクションを求めることにも共通しますが人間は主観的になりすぎると、負の感情のループから出られなくなって苦しみにつながります。
自分の世界を客観的に見る視点を獲得すると、そこから脱することができるんです。
ケア的要素を持つ美術作品は、こういった治癒のプロセスにも通じる。
ソフィ・カルの《限局性激痛》も、作家自身の悲しみや苦しみの主観的世界と、客観的視点の往復運動のなかで生まれているからこそ、見る人のこともケアしうるのだと思います。

田中 現象学で言う間主観性、つまり他者と主観を共有することによって共同的に成立する主観の在り方という概念を思い出しました。
作家にとっての必然から生まれたものを他者が感受すること自体が、作品を通したケアでもある。必ずしも同じ経験をしなかったとしても、そこに自分を置いて考えるきっかけをつくることもできる。その意味でアートは「当事者じゃないとわからない」と分けられてきた問題に想像力を広げる可能性をもっているのでないかとも思うんです。

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もうひとつのコラムにも書いた感覚のはなしで
わたくしのおもな仕事は、お客様の治療なのだけれど、その過程で、ひとりの人間の中には肉体や精神と、まとめてしまうことの手軽さには到底収まりきれないくらいの、本人の意識の層のようなものあると感じる。
その層は、本人のいろんな角度から生えているかんじで、カラダを物質的に良くしていくだけではどこかでかならず立ち行かなくなる。のがわかる。
その逆に、いろんな角度から、どこからでもアプローチはできる。
そうやって、自分の中からも外からも場所を変えて見ることができる。し、それを目指すべく治療をする。
全貌は見えなくとも、そのカケラの形は手にとったり、眺めたりすることができる。そしてその作業をふたりで繰り返す。

それがおふたりの言っていた主観的世界と、客観的視点の往復運動であり、間主観性という考え方は近いのではないか、
そうだとしたら、それに携わっていて、一番近くでそのプロセスを客観的に感受できるわたくしにとってもそれは、わたくしのケアを体験していることでもあるのだと、

美術手帖の2022.2月号「ケアの思想とアート」

ASIN ‏ : ‎ B09MCGZQS9
出版社 ‏ : ‎ 美術出版社 (2022/1/7)
発売日 ‏ : ‎ 2022/1/7
言語 ‏ : ‎ 日本語
UNSPSC-Code ‏ : ‎ 55101500

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